ハーヴェイ・ミルクの功績

ハーヴェイ・ミルクは最初から政治的な野心を抱いたわけでもありません。ハーヴェイ・ミルクがカストロ通りに店を出した時代の1970年代は、今とは比べ物にならないほどゲイに対しての視線が厳しく、ゲイのカップルが手をつないでいるだけでも逮捕されるような時代でした。男同士が恋愛することが違法とされていて、ダンスだけでも逮捕という時代です。

ゲイ同士の恋愛を認めて欲しいといった所から政治活動に入ったというよりは、付き合っているスコットとの関係を違法だとかいけないとかそんなことを言われたくなく、自分が自分であるそのままの自分を認めてもらいたいというところがスタートです。

アメリカの映画

多様性を認める

「ミルク」の脚本を書いたダスティン・ランス・ブラックはハーヴェイ・ミルクの言葉に救われ、将来に希望を抱くようになりました。彼自身もハーヴィ・ミルクのようにゲイであることを公言していますが、ハーベイ・ミルクの最大の功績はセクショナリティで悩む子ども達に、希望を与えたことでしょう。ゲイであることの公言したうでの、アメリカ初の公職に就いたことで希望を与えました。

そしてダスティン・ランス・ブラックも、ゲイであることを公言しているのはもちろんのこと、かの日のハーヴェイ・ミルクのように2009年10月11日に、ワシントンD.C.で行われれたLGBTの平等を求める行進に参加して推定20万人の聴衆に向けてスピーチをしています。ダスティンのスピーチを聞いて、勇気をもらった人たちも大勢います。ハーヴェイ・ミルクが行ったように、カミングアウトしてオープンにすることでアメリカ国民の間で同姓同士の結婚に関しても支持を受けるようになりました。

アメリカの調査によると、1990年の時点での同性婚に対する見方は厳しいものがありました。同性同士の恋愛そのものを正しくないものだと8人のうち7人が見ていました。それが急速に同性同士の恋愛はもとより同性婚を支持する人が増えた理由には、「カムアウト」があります。

ミルクの遺言で、自分が暗殺されたときに流して欲しいとミルクのメッセージで、医師や弁護士、建築士のカミングアウトが見たい。と言っていたように、約10年ぐらいの間に、多くの人たちがカムアウトしています。家族や会社の同僚がカミングアウトすることで、偏見を持ってみていた自分の態度を見直すキッカケになったといえるでしょう。よく知っている身近な友人のカムアウトで、LGBTについてしることになり同姓婚についても考える機会が増えます。

ハーヴェイ・ミルクが残した遺産は、「弱者に希望」を与えた功績は計り知れないものがあります。「ミルク」の映画を見て、ハーヴェイ・ミルクの考えと起こした行動を知ることで、若者達に希望をもたらすことになりそして大きな希望の種をまいたと言えるでしょう。

ミルクが起こした行動をきっかけに、周囲の人たちも自分達の活動で社会を変えるに繋がることに気がつき、また自分ができることに気がつくことになります。そしてカムアウトすることで、すごいスーパースターやヒーロにもゲイがいるということを知ることで、若い人たちは勇気をもらうことに繋がるからです。

そのような意味で「ミルク」は、アメリカでゲイであることを公言したうえで公職に立候補して当選したハーヴェイ・ミルクと、ミルクの演説を受けて希望を持ちゲイであることを公言した脚本家が本を書き、その作品をこれまたゲイを公言しているガス・ヴァン・サン監督が撮り、ミルクの意志を受け継いだ作品といえるでしょう。

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