ダン・ホワイトの人物像

ハーヴェイ・ミルクは1977年にサンフランシスコ市議会議員に初当選を果たしましたが、同じく初当選したのがハーヴェイ・ミルクを射殺したダン・ホワイトです。ダン・ホワイトはハーヴェイ・ミルクとは正反対の人物で元警察官で消防士でもあり、バリバリの保守の人間で保守からみるとゲイ達はまさに社会の異端児で、救いがたい連中である彼らと戦うために消防士から政治家へと転身した人物です。

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対照的なふたり

ハーヴェイ・ミルクとダン・ホワイトはあまりにも対照的なふたりということもあって、メディアではよくこのふたりをセットで取材しました。ガチガチの保守のダン・ホワイトとは最初から対立してはいませんでしたが、ダン・ホワイトという人物は常識を逸脱するほどの負けず嫌いという人物でもあり、また自分の思い通りにいかないとすぐにカンシャクを起こすという、今でも世界中にいそうな思い通りにいかないとキレル人物だったようです。

逆恨みしたダン・ホワイト

初当選した当初からすぐに対立していたわけではありません。空き家となっている修道院を精神病院に作り変えるという計画があり、その計画が原因でハーヴェイ・ミルクとダン・ホワイトが対立するキッカケになりました。

もともと初当選する前から、ダン・ホワイトは熱心に精神病院を作ることに対しての反対活動をしていました。それはホワイトの選挙区だったことも関係あります。精神病院が建てられると、強盗魔であったり放火魔などが入院するかもしれない精神病院を自分の選挙区に作るなんて絶対に許せん。ということでしょう。そして議員となり、この計画をダン・ホワイトが白紙にすることで自分の実績にもなり次の選挙に有利に働くと考えていたのでしょう。

ハーヴェイ・ミルクのほうは、最初はダン・ホワイトと同じく精神病院を作ることにことに反対したホワイトの意見に賛成する意向をそれとなくほのめかしていました。ところがサンフランシスコの病院事情に化して数ヶ月をかけて詳しく調べた結果、出した結論空き家となった修道院を精神病院に作り変えるという提案に対して、賛成の票を投じました。ハーヴェイ・ミルクが賛成に回ったことで、この提案は6対5で可決することになりました。

ホワイトはこの提案に賛成に回ったハーヴェイ・ミルクに大激怒して、数ヶ月に渡ってホワイトから声を一切かけなかったそうです。そして毎週開かれている市政委員会でも、ブスッとした表情で黙りこくった状態でした。かなりミルクの1票がかなりホワイトの逆鱗に触れたことは間違いないでしょう。

ハーヴェイ・ミルクが市政委員会で一番力を注いでいたのは「ゲイの公民権法案」ですが、ホワイトはこの法案に対してただ一人だけ反対票を投じていますが、精神病院の件が可決する前までは、ホワイトのほうはミルクが提出していた「ゲイの公民権法案」に対して賛成する意向を示していましたが、ただもうホワイトの頭の中には『ホワイトが憎い』という思考回路になっていたのでしょう。

ホワイト自身は「ハーヴェイのほうが俺に反対したから、だからこっちもハーヴェイに対して反対した」と語っていました。ハーヴェイ・ミルクとダン・ホワイトの大きな違いは、ハーヴェイ・ミルクは自分自身で数ヶ月かけてサンフランシスコの病院事情をしっかりと調査した結果、ダン・ホワイトとは反対の立場に票を投じていますが、ダン・ホワイトの場合はまったく違っていて、自分の反対の票を入れたという政治家とは思えない論理からです。

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歪んだジェラシー

カストロ・カメラを開店すると、ハーヴェイ・ミルクの人懐っこい人柄とユーモアでお店にはたくさんの人たちが訪れた通り、ハーヴェイ・ミルクは話も上手だったので、気の利くコメントを新聞の見出しになるような言葉でメディア側に提供することもよくあります。当然ながらミルクはたちまちメディアでも人気者になりました。

その一方でダン・ホワイトのほうはどうだったのかというと、実績らしい実績がなんにいもない状況でした。そして“プロポジション6号”の法案を成立させるために、ミルクは講演活動をしたりと目立った活動をして行く中、おそらく嫉妬の目でみていたのでしょう。そして“プロポジション6号”が可決した4日後に、突然ダン・ホワイトは辞任を表明します。

突然の辞任表明ですが、その理由については「給料が安い」ということを言っていますが、もちろん給料が安いという理由もあったかもしれませんが、給料だけが理由ではなく、ハーヴェイ・ミルクへ対しての嫉妬心があまりにも強くなってハーヴェイばかりにスポットライトが当たることへのジェラリーで、自分に注目を集めようとするパフォーマンスが多分にあったからでしょう。

突然の辞任表明を受けて、ハーヴェイはホワイトの辞任を喜んでいました。その理由は、ホワイトがことごとくミルクに対抗するため形でミルクへの反対票を投じて6対5で通すことができなかった法案が沢山あったからです。ホワイトが市政委員会を辞任した後釜に、だれかリベラルな議員が入ればミルクが通したいと思う法案は通りやすくなるからです。

ところが突然の辞任表明から10日後に、ダン・ホワイトは今度は復職を申し出ました。そして一度辞任したダン・ホワイトが再び復職するには、サンフランシスコ市長のジョージ・モスコーニ市長が復職を認めるかどうかで決まります。当初、モスコーニ市長もダン・ホワイトを再任させることを約束しました。ところが、ハーヴェイ・ミルクはダン・ホワイトの復職に猛烈に反対します。そして同じようにダン・ホワイトの復職に反対する委員もいましたが、ホワイトの執念深い性格を知っていることからホワイトからの恨みを恐れてホワイトの復職に関しては黙っていました。

サンフランシスコの弁護士からは、ホワイトは再び任命される法的資格がないという意見を市長は聞いた為、モスコーニ市長はホワイトを再任しないことを決めて、連邦住宅官のドン・ホランジーを任命することに決めました。自分が再任されずに別の人物が任命されること聞いたホワイトはかなり激しく怒り、1978年11月27日のあの悲劇が起こったのです。

そしてこの悲劇の20日前にはハーヴェイ・ミルク念願の“プロポジション6号”の法案が否決して大いに喜んでから、わずか20日後11月27日にハーヴェイ・ミルクは凶弾によって倒れました。

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